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〜東日本大震災被災地の子ども達にキャンプを贈る会〜

被災地の子ども達を、ハーモニィセンターのキャンプにご招待して目一杯元気になってもらいたい!という気持ちを軸に 作りました。被災地の子ども達はハーモニィのキャンプがなくても困らない。でも、ないよりも、あった方がいいに決まってる。子ども時代にハーモニィのキャ ンプがあったら、きっともっともっと強く生きられる。ハーモニィのキャンプは最高だからー。

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【真野っこ 阿部斗士基記者!】 

みなさん、こんにちは〜!

お元気ですか〜?

すっかり春〜〜♪
っていいますか、、初夏の陽気も・・なんてニュースで
みました。ほんと!?

真野っこ達も、青空の下、校庭で運動会の練習が
行われたりしているそうです。
真野っこブログをどうぞ〜!)

真野っこリレー会の練習

リレー会に運動会。
小学校生活に欠かせない、身体を動かす時間。
のびのび走り回ってる子ども達の様子が、なんだか嬉しいです。。

さて!ゴールデンウイークあけまして〜、
再び、みなさんにお伝えするミッションの後半戦を残しております
さん太新聞。あと5名の真野っこ記者プラス、担任の先生の記事も、
あわせてご紹介を続けさせてください。

・・そうそう、先日発見したのですが、
4月1日付けの、The Wall Street Journal日本語版で
この、真野っこたちが記者になった子ども新聞のことが
紹介されていました!

WSJ

この”さん太新聞”についての経緯がわかりやすく書かれてありますので、
是非、こちらを〜♪

だんだんメディアでとりあげられることが少なくなってきた感じが
していますので、まだまだあっちでもこっちでも、いろいろな角度の
いろいろが話題がとりあげられるといいなあ〜〜と思います。

・・ということで!
今日は、6人目の真野っこ記者、阿部斗士基(あべとしき)記者の記事を!

   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

あべとしき記者02
左から、りょうへい君、かい君、としき君


 ぼくたちの真野小学校は今、同じ南相馬市の鹿島小学校の
敷地内にある。2階建てのプレハブの仮設校舎だ。

 ぼくたちはそこで学校生活を送っている。

 もとの校舎は2011年3月11日、東日本大震災の津波を受け、
使えなくなった。あの時は、ものすごいゆれで歩けなくなった。

 体育館の扉にはさまれそうになったとき教頭先生が助けてくれた
ことが一番印象に残っている。
 
 一ヶ月ほど後、学校は近くの桜平山にある公共施設の
万葉ふれあいセンターで再開した。

 教室は狭かったけど、みんなといるだけで楽しかった。

 5月30日に、東京都北区の王子第五小学校の校長先生や
図工の佐藤先生、PTAの方々が来て、図工の授業や
読み聞かせをしてくれた。

 佐藤先生は自画像の描き方を教えてくれ、とても
楽しい授業だった。絵を描いている途中、おもしろくて
みんな笑った。ぼくも大きな声で笑った。

あべとしき記者03

 現在の仮設校舎に引っ越ししたのは11月19日。

 万葉ふれあいセンターよりも学校ぽかったけど、
ひとつの教室を2学年で使うので、とても気をつかう。
となりの学級がテストをやっていたり、大事な話を
しているときは静かにしないといけない。

 ここでは真野小のほかにも大勢が学んでいた。

 二つの体育館とひとつの校庭を最初は六つの
小学校とひとつの中学校で使っていたのだ。
今は、三つの小学校とひとつの中学校になったけど・・。

 12月5日に王子第五小の方が2回目の学習交流会のために
来校した。佐藤先生が、今度は、絵本「ねぎぼうずの
あさたろう」の人形の作り方を教えてくれた。

 全校生の必要なものを準備してくれた。
 その気持ちがとてもうれしかった。

 人形が完成したときも、うれしかった。

 その人形は今も大切に家に飾ってある。

 王子第五小の人たちは、いつもぼくたちのことを
気にかけてくれて、手紙をくれたり、何時間もかけて
学校にきてくれたりした。

 震災で悲しいことがたくさんあったけど、たくさんの
方々に支えられて、ぼくは、今、元気に運動したり、
勉強したりしている。


 みなさん、ありがとう!

              2012年11月18日 掲載 全文

あべとしき記者01

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カテゴリ: 南相馬

【夏キャンプへの準備スタート!】 

みなさん、こんにちは〜!

GW後半、いかがお過ごしですか〜?

今日は、第3回のキャンプを贈ろう企画の実現へむけて
準備が始まっておりますことのご報告を!!

南相馬の子ども達へプレゼントしますポニーキャンプを主催して
くださっている、公益財団法人ハーモニィセンターの事務局から
夏休みのキャンプ日程が決定しました連絡をいただきました。

キャンプ日程2013夏

ここから、夏休みのキャンププレセントにむけて、日程の調整など、
具体的な準備にとりかかってまいります!

毎年、総勢何百人もの子どもたちが、指折り数えて出発日を待ち、
元気いっぱいに楽しく過ごすハーモニィセンターの夏休みキャンプ。

今年の夏休みも、真野っこたちを仲間入りさせていただき、
真野っこたちに、思いっきり遊びまくる、楽しい時間を贈ります。

去年の夏休みキャンプの様子はこちらをどうぞ〜 → 

真野小学校の方でも、お声かけさせていただく6年生の保護者の方々への
お手紙を配ってくださって、子どもたちが楽しみにキャンプに参加して
くれるよう、ご家族のみなさんが安心して、子ども達を送りだして
くださるよう、ご協力くださっています。

先日の保護者会では、こんなお手紙を配っていただきました。

保護者のみなさまへ 2013年4月

キャンプを贈ろうを応援し、支えてくださるみなさまのお気持ち全てを
南相馬にお届けすべく、そして、真野っこ達の受け入れに、全面的に
ご協力くださるハーモニィセンターの関係者のみなさんへの感謝の
気持ちも大切に、今年も、夏休みポニーキャンプで、
真野っこたちの笑顔があふれますよう、メンバー一同、改めて
気持ちを引き締め、準備していきます。

私たちキャンプを贈る会に気持ちを託し、被災地に、福島に、
心を寄せてくださる全てのみなさんへ、今日も心からの
ありがとうをお伝えしたいです。

5月5日子どもの日。
被災地の全ての子どもたちが笑顔いっぱいに過ごしていますように、
心から祈ります。

みなさん、今日もブログに立ち寄ってくださって、ありがとうございます!

カテゴリ: 南相馬

【真野っこ 増田茜記者!】 

みなさん、こんにちは!
お元気ですか〜?

先日の21日、福島県内、名残の雪に覆われて・・という
お天気だったそうです。

満開の桃の花に積雪。
福島民報より)

福島の名残雪

福島のみなさんは雪には慣れていることでしょうけれども、
真野小は仮設校舎ですし、まだまだほんとの春が待ち遠しいころ
なんだろうな〜と、写真をみながら、南相馬に心が飛びました。

春うららな陽気まで、あと少し!・・だといいです。

さて!今日もいかせてください、真野っこ記者の記事。

今日は、増田茜記者。

以下、今年1月に掲載された記事の全文です。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

増田茜記者01
(右側が、増田茜記者!)

 大震災から間もなく2年となる。私たち6年生は、この春、
卒業を迎える。

 震災のあった年は、たくさん悲しい思いをした。生まれ育った
場所を離れ、群馬や山形に避難したこと。知り合いがたくさん
亡くなったこと。友達と離ればなれになってしまったこと。
津波の被害にあい、真野小の校舎が使えなくなってしまったこと、、。

 もう二度とあの学校で勉強することができないのかと、考えると、
とても悲しくなった。

 でも、悲しいことばかりではなかった。友達との再会が、たくさんの
方々からの支援が、悲しみを乗り越える元気をくれた。

 特に平成24年は、仮設校舎で不便に思うことはあったが、
生涯忘れられない思い出ができた。

増田茜記者02


 私たち6年生にとってはすべてが小学校最後の活動だ。
 だから、最高の思い出ができるように努力することを
先生やみんなと、誓い合った。

 6月に運動会があった。体育館だったけど、仮装リレーなど、
とても楽しめた。2年ぶりにプールに入った。開放感があって
とても気持ちよかった。会津での宿泊活動は、カラオケや
ダンスが楽しかった。他にも、真野っこ祭りや七夕集会、
鹿島区音楽祭など楽しい活動がたくさんあった。

 中でも強く印象に残っているのが、学習発表会だ。
 
 斎藤隆介さんの絵本「花さき山」を先生がアレンジして
台本にし、みんなで真剣に演じた。私は女神の役を
演じた。開幕と同時に1人で長い台詞に挑んだ。今まで
大勢の前で話すことが苦手だったが、悲しい思いも、
つらい思いも乗り越えてきて、心を強く持つことができた。

 先生が、友達が、家族が、支援してくれた方々が、
私を変えた。
 
 幕が下りたとき、感動で涙がこぼれた。

 開幕後の私の台詞「つらいことをしんぼうして、
自分のことより人のことを思い、涙をいっぱいにためて
しんぼうすると、その優しさとけなげさが、こうして
花になって咲き出す」という言葉の意味が、今はわかる。

 今、学校がとても楽しい。

 家族に、先生方に、支援してくれた方々に、そして、
真野小の仲間達に、「ありがとう」と言いたい。

           (2013年1月20日掲載 全文)

増田茜記者 記事全文

★次のブログでは、真野っこ記事はいったん休憩しまして、
ご寄付ご協力いただきましたお礼とご報告を!★


カテゴリ: 南相馬

【真野っこ 木幡修一記者!】 

みなさん、こんにちは!

真野っこ子ども記者の連載、もうちょっと続きます!

(詳しい経緯はこちらを→ 

子ども記者に任命された真野っこたち。

↓英語版の子ども新聞には、
腕に記者の腕章をつけてもらったニッコニコ!な記事も。

真野っこ 木幡記者03

手前左が、今日ご紹介の木幡修一(こわたしゅういち)記者。

書いたのは、去年のこと。震災から1年以上たってからの子ども達の
心の中のこと。言葉にされている、”不安な気持ちでいっぱいだった”
”心配だった”などなどの行間には、言葉では表現できない気持ちも
いっぱいだったろうと思います。

今回の木幡記者の記事は、震災直後、4月、6月、7月、12月と
時間経過とともに、気持ちが落ち着いていく様子が伝わってきて
ほっとする反面、10歳、11歳のときに経験するには大きすぎることが
たくさんあったろうと、やはり胸は痛みます。

以下、去年の11月4日に掲載されました木幡修一記者の記事、
ご紹介します。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

真野っこ 木幡記者01

 東日本大震災発生から1週間近くがたった2011年3月17日。
ぼくの家族は、福島県南相馬市から宮城県の大河原町に避難した。

 大河原町では、「はねっこアリーナ」という体育館で、たくさんの人たちと
一緒に避難生活を送った。

 食事は、レトルトのご飯やカレーが多かった。時々、近くの「もちぶた館」と
いう温泉にバスで連れていってもらった。ぼくは、もう真野小学校に戻れなく
なるのかと不安な気持ちでいっぱいだった。

 4月6日。ぼくは大河原小学校に通学することになった。友達ができるか
心配だった。900人くらいがいる大きな学校は初めてだったので、びっくり
することばかりだった。

 不安だらけだった生活は、友達が声をかけてくれたり、ドッジボールを
したりするようになって楽しく過ごせるようになった。

 でも、ぼくの心の中にも、中学生の姉の心の中にも、鹿島(南相馬市
鹿島地区)に帰りたいという強い気持ちがあって、母に、その気持ちを
打ち明けた。

 6月22日。ぼくは真野小学校に帰ってきた。

 学校は津波の被害を受けたもとの校舎ではなく、公共施設の
万葉ふれあいセンターで再開した。

 ちょっと照れくさかったけど、久々にみんなに会えて、とても嬉しかった。
 ぼくには、真野小学校がしっくりくる、と思った。

 ぼくが大河原町にいる間、東京都北区の王子第5小学校の先生方が
真野小学校を訪ね、学習交流を企画してくれていることを知った。
ありがたいと思い、ぼくは、お礼にみんなで演じる万葉太鼓の練習をがんばった。

 そして7月、修学旅行をかねた王子第5小訪問で、心をこめて演奏した。
 王子第5小の児童も気軽に話しかけてくれてすぐに友達になった。
ゲームも楽しかった。修学旅行は東京ディズニーランドにも行った。
 多くの方々の支援のおかげで忘れられない思い出がたくさんできた。

 12月5日に第2学習交流で王子第5小の方々が来てくれた。

 図工の佐藤先生が、絵本「ねぎぼうずのあさたろう」にちなんだ、
「あさたろう」の人形の作り方を教えてくれた。ぼくたちを楽しませようと
する気持ちが伝わってきてとてもありがたかった。

 ぼくたちは、いろいろな人に支えられて生活している。

 その方々への感謝の気持ちを忘れずに生活していきたいと思った。

                (2012年11月4日掲載  全文)

真野っこ 木幡記者04

カテゴリ: 南相馬

【真野っこ 佐藤絵記者!】 

みなさん、こんにちは!

更新ゆっくりになってしまって、、ごめんなさい!!
今日も、ブログに立ち寄ってくださって、ありがとうございます。

今月は、真野っこたちが震災当時のことを振り返って
文章にしました子ども新聞の記事を、連載でご紹介しています。

(経緯の詳しくはこちらを!→ 

この、さん太新聞は、世界の子ども達とも共有しようということで
英語バージョンも、作られました。

さん太新聞英語版01

(↑仮設校舎に登校する真野っこたちの様子)

 英語バージョンも、折を見て、少しでもご紹介させていただければと
思います。

 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 今日は、記者3人目。佐藤絵(さとう かい)記者の記事を。

佐藤絵くん01

 平成23年3月11日。東日本大震災が起きたとき、ぼくは兄の卒業式をひかえ、
体育館の掃除をしていた。

 みんなですぐに校庭に避難した。津波がくるといわれたので、近くの
桜平山に移り、そこにある万葉ふれあいセンターでみんなと2日間過ごした。
ご飯はほとんどがおにぎりだけだったが、食べられることがとても嬉しかった。

 3月14日、福島第1原子力発電所で水素爆発が起きたという情報が入り、
ぼくは家族と、福島猪苗代町に避難した。
 
 みんなとはなれることがとてもいやだった。
 兄の卒業式はできなかった・・。

 その後、母の携帯に真野小学校が再開するという知らせが届いた。
ぼくたちはすぐに住めるところを探し、南相馬市鹿島地区に戻った。
以前の家は津波で住めなかったけど、生まれ育った鹿島区にもどれて
うれしかった。

 学校は4月22日、万葉ふれあいセンターで再開し、久しぶりにみんなに会えた。
まだ避難している友達がいて、全員がそろったわけじゃないけど、幼稚園から
ずっと一緒だった友達に会えて、なんだかほっとした。

 学校は始まったけど、4年生の時から練習した真野小学校伝統の万葉太鼓も
もう中学生になっている兄の卒業式も、できないままだった。この間、
保護者のみなさんや地域の方々、ボランティアの人たちが、津波で
泥まみれになった、もとの真野小学校の清掃を進めてくれた。

 体育館はとてもきれいになり、7月30日に卒業式が行われることになった。

 万葉太鼓も6月になると以前から指導してくださった渡辺徳太郎先生が
来てくださり、練習ができるようになった。兄の卒業式で万葉太鼓を
演奏することも決まった。

 卒業式の日はとても暑く、じっとしていても汗がでた。
 
 ぼくは兄の卒業を祝おうと、心を込めて太鼓をたたいた。
 兄も、ぼくも、笑顔になった。
 みんな泣いたり笑ったりした。

 兄は「卒業式ができてよかった」と喜んでくれ、ぼくは
とてもうれしかった。

 今回、卒業式や万葉太鼓ができたのは、たくさんの方々の支えが
あったからだ。だから、そのことを忘れずに感謝しながら
生きていきたいです。

                (2012年10月28日掲載  全文)

真野っこ 佐藤絵くん02


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