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〜東日本大震災被災地の子ども達にキャンプを贈る会〜

被災地の子ども達を、ハーモニィセンターのキャンプにご招待して目一杯元気になってもらいたい!という気持ちを軸に 作りました。被災地の子ども達はハーモニィのキャンプがなくても困らない。でも、ないよりも、あった方がいいに決まってる。子ども時代にハーモニィのキャ ンプがあったら、きっともっともっと強く生きられる。ハーモニィのキャンプは最高だからー。

【真野っこ 佐々木万愛記者!】 

みなさん、こんにちは!
4月はじめの週末ですね、楽しんでいますか〜?

さて!今日からは、真野っこ6年生子ども記者になって
震災当時、震災以降の体験を、新聞記事の原稿として
まとめましたもの、ご紹介いたします。

福島に、南相馬に、想いをよせてくださっている
キャンプを贈ろうを応援してくださるみなさんと、
福島の子ども達をつなぐ媒体になったら、、との思いです。

去年の夏にスタートしたこのプロジェクト。

記者になり、記事を書くにあたって、山陽新聞の
本物の記者さんが学校を訪れ、記事の書き方などを指導する
特別授業も開かれたそうです。

子ども記者たちからは、「何度も書き直して記事を
完成させたことで、震災から一歩前に進めた気がした」

などの感想が寄せられたとか。

子ども達は、自分にできることで、彼らなりの方法で、
自分に起こった震災の出来事を受け入れ、乗り越えて
いっているんだなあと思います。

 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

真野っこ6年生10人の子ども記者。

トップバッターは、昨年9月23日のさん太新聞に掲載された、
佐々木万愛(ささきまえ)記者の記事から。

ささきまえちゃん01

 東日本大震災後の3月14日、私は、父、母、兄、いとこの家族3人の計7人で、
福島市にある、あづま総合体育館に避難した。体育館で過ごした最初の3日間は、
とても寒かった。これからどうなるのか不安でしかたがなかった。周りには私たちと
同じように避難してきた人がたくさんいて、被害の大きさと慣れない場所で生活して
いくことを思うと悲しくなった。

 避難生活3日目。体育館に真野小学校の友達が避難していることを知った。
友達を消灯までトランプをしたり、体育館の中を探検したりした。友達がいる
だけで、絶望でいっぱいだった心がいっきに明るくなった。でも、父と母に
自宅や学校が津波で大きな被害を受けたと聞いて、現実に引きもどされた
ような気がした。

 震災から1か月ほどが過ぎ、福島市の佐原小学校に通うことが決まった。
避難先で一緒に通える友達もできてあまり不安は感じなかった。佐原小学校は
小さい学校で、全校で27人しかいなかった。避難してきた人を受け入れると
ちょうど100人になり、もといた人たちよりも避難してきた人の方が多かった。

教室が足りなくなって大変だったが、すぐにみんなと打ち解けた。
みんなおそろいの物を持ったり、電話番号を交換したり・・。
でも、いつかは鹿島(南相馬市)にもどりたい気持ちもあり、
複雑な気持ちだ。

 福島市の学校に通って2週間ほどたつと、真野小学校が再開するという
知らせが来た。嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになった。

 2週間、私を支えてくれた友達との別れは、とてもさびしかった。
お別れ会で泣いてくれた友達もいて、思わず私も泣いてしまった。
その友達とはこれからも電話や手紙でずっとつながっていたいな。

 4月22日、真野小学校が再開した。校舎が使えずちがう場所(万葉ふれあいセンター)
だったが、一日中ウキウキだった。真野小学校は私にとって宝箱みたいなものだ。
みんなとの思い出がつまっている。

 今は、みんながいてくれるので、毎日笑顔で過ごせています!

                    (2012年9月23日掲載 全文)

佐々木万愛記者記事全文

カテゴリ: 南相馬

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