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〜東日本大震災被災地の子ども達にキャンプを贈る会〜

被災地の子ども達を、ハーモニィセンターのキャンプにご招待して目一杯元気になってもらいたい!という気持ちを軸に 作りました。被災地の子ども達はハーモニィのキャンプがなくても困らない。でも、ないよりも、あった方がいいに決まってる。子ども時代にハーモニィのキャ ンプがあったら、きっともっともっと強く生きられる。ハーモニィのキャンプは最高だからー。

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【真野っこ 鈴木涼平記者!】 

みなさん、こんにちは〜!

今日は、真野っこ記者2人目!

鈴木涼平(すずきりょうへい)記者の記事を。

いつもおしゃべりなワタクシですが〜、こういったことを
ご紹介するときには、何も言わずに黙ってご紹介したほうが
いいのだろうなあ〜と試行錯誤の最中です(笑)。

ともかく、子供たちの心で感じたこと、おもったこと、
そのままを読んでいただければ〜と思います。

以下は、2012年9月30日に掲載されました。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

鈴木りょうへい記者1

 2012年3月11日。卒業式が近づいていたので、ぼくは体育館の
掃除をしていた。突然地震があった。だんだん強くなっていく地震に
びっくりして、ぐらぐらゆれる中、校庭に避難した。

 先生の叫び声や友達の悲鳴が聞こえた。
 地震が収まると津波がくるという情報が入り、校長先生の指示で
校舎西側の桜平山(さくらだやま)に避難することになった。

 ぼくの家は海から7キロほどはなれていたので、津波の被害はなかったが、
近くまで津波がきていたことをしり、びっくりした。その日は余震が怖かったので、
すぐに逃げられるように家族みんなで車の中でねた。
 地鳴りがするたびに目が覚めて、なかなか眠れなかった。

 3月14日。福島第1原発3号機で爆発があった。放射性物質が漏れ出たという
ニュースが流れた。自宅が30キロ圏内のため、いとこのいる新地町(自宅から
20キロほど北)にすぐ避難した。いとこの家で13人での生活が始まった。

 食べ物は支援でもらったカップラーメンやおにぎりだけ。店では品物が
どんどんなくなっていった。このまま食べ物が買えなかったらどうなるんだろう、
もしまた、大きな地震がきたらもう終わりだ、と思った。

 先生から、4月22日に真野小学校が再開する連絡があった。
みんな大丈夫かな、早くあいたいな、と思った。

 学校は津波の被害を受けて中は泥だらけになっていた。

 4月7日、母が先生、地域の人と、泥はきを手伝った。
そのときの気持ちを聞いてみた。
母は「一生懸命きれいにして卒業生に卒業式をやってあげたかった」
「たくさんのがれきや泥をかき出すのはとても大変だったけど、子どもたちの
思い出がつまった真野小学校が再開できることを願った」と話してくれた。

 泥だらけだった校舎はきれいになったけど、卒業式や始業式はできなかった。
学校は万葉ふれあいセンターで再開し、久しぶりに会った友達は笑顔が少ない気がした。

 きっと自分と同じようにつらいことや苦しいことがあったんだ。
だから、励まし合えば、きっとみんなの笑顔の花が咲くと思った。
 
 ぼくは震災を通して、改めて友情の大切さを知った。

                 (2012年9月30日掲載 全文)

 鈴木りょうへい記者2

   

カテゴリ: 南相馬

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